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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和56年(ワ)128号 判決 1984年9月13日

原告 北村學

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 端元博保

被告 大野町

右代表者町長 馬淵勲

右訴訟代理人弁護士 羽田辰男

主文

被告は、原告北村學に対し金二九九万〇五八五円、原告北村トシヱに対し金二九一万〇五八五円および右各金員に対する昭和五六年一〇月五日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

この判決は、原告らの勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(請求の趣旨)

一  被告は、原告北村學に対し金一二〇六万二三四二円、原告北村トシヱに対し金一一七六万二三四一円および右各金員に対する昭和五六年一〇月五日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求原因)

一  訴外亡北村卓(昭和五一年四月一一日生、以下、亡卓という。)は、原告らの二男である。

二  被告は、岐阜県揖斐郡大野町大字加納字九文目三三八番五、公衆用道路一一五平方メートル(以下、本件土地という。)を所有し、同土地の南西角に存在する灌漑用野井戸(以下、本件井戸という。)を占有管理している。

三  亡卓は、昭和五六年一〇月四日午前一一時四五分頃、本件井戸に転落し、その頃溺死した(以下、本件事故という。)。

四  本件井戸は、東側に県道(アスファルト舗装、幅員約一〇メートル)、北側に農道(約四メートル)を控えた本件土地内に設置され、直径約三・五メートル、深さ約一〇メートル、水深約五メートルの規模をもつ、約二〇年前に堀られた灌漑用井戸であるが、井戸枠と地面に段差がなく、井戸枠の上からトタン板で蓋はしてあったものの、約二〇年の歳月のため蓋の上に雑草が生い茂り、当該場所に本件井戸があることを外から伺い知ることができないばかりか、右トタン板は腐蝕し、少しの重みで板が破れ、転落し易い状態にあった。

しかして、本件事故当時、本件井戸の周囲に柵などの人の接近を防止する設備はなく、また本件井戸の存在を表示する標識も設けられていなかった。

よって、本件井戸の設置・管理に瑕疵があったことは明らかであり、被告は民法第七一七条第一項、国家賠償法二条一項により亡卓および原告らの蒙った損害を賠償すべき責任がある。

五  損害

1 逸失利益 金一三五二万四六八三円

亡卓は、本件事故当時五才六月の健康な男子であり、本件事故に遭遇しなければ一八才に達した後六七才迄四九年間は就労し、その間平均年収一五〇万〇七〇〇円(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年令階級別平均年収)を下らない収入を得、生活費としてその二分の一を費消するものと推認される。

これを死亡時における現在額に換算するため、ホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除すると、金一三五二万四六八三円となる。

150万0700(年収)×0.5(生活費控除)×18.0245(ホフマン係数)=1352万4683円

原告らは右損害賠償請求権を二分の一宛を各相続した。

2 原告らの慰藉料   金八〇〇万円

亡卓を本件事故によって失った原告両名の嘆きは筆舌に尽し難いものがあり、その精神的苦痛を慰藉するに各自金四〇〇万円宛が相当である。

3 葬儀費用       金三〇万円

亡卓の死亡による葬儀費用として、原告北村學は金三〇万円を下らない支出を余儀なくされた。

4 弁護士費用     金二〇〇万円

原告らは本件訴訟進行を原告ら代理人に依頼し、手数料として各金一〇〇万円の支払を約した。

六  よって、被告に対し、原告北村學は金一二〇六万二三四二円、原告北村トシヱは金一一七六万二三四一円およびこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和五六年一〇月五日より支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一の事実は不知。

二  同二の事実は否認する。

本件土地は名義上は被告のものであるが、昭和三六年に地元民の要請により、被告が県費補助や町の補助のもとに本件土地内に本件井戸を含む揚水施設等を設置し、これを地元の本庄区に贈与した。従って、本件土地及び本件井戸は本庄区が所有、管理して現在に至っているものである。

三  同三の事実は認める。

四  同四の事実は否認する。

本件井戸は、東側に町道(タール舗装)、北側に農道(約四メートル)に囲まれた本件土地内に設置されたもので、直径約二メートル、深さ約五メートル、水深約二・七メートルの規模をもつものであり、トタン板の裏に鉄の桟がついた蓋がしてあり、蓋の上に雑草が生い茂っていたとか、井戸の存在が外からわからぬということは決してなかったし、本件井戸に接続して揚水機の小屋もあり、誰にも一目瞭然にその存在が知れる状況であった。

なお、原告學は、本件事故直前に子供をつれて本件事故現場に赴いており、本件井戸の存在することを知って、亡卓に対し、井戸があるから気を付けろと、注意している事実もある。

五  同五は争う。

(被告の抗弁)

被告は、本件井戸の所有及び管理主体は本庄区の住民団体であって被告ではないと主張し、仮に、被告が本件事故につき何らかの責任主体となるとしても、本件井戸の設置、管理に瑕疵がなかった、と主張するものであるが、これらが容れられないとすれば、原告學らは、亡卓に他人の所有する栗の実を採りに行かせたもので、いわば違法行為を教唆し、しかも同所に古井戸のあることを知りながら注意を与えたのみで幼児を放置したことは、監護義務者として重大なる過失があるといわざるをえず、被告は過失相殺を主張する。なお、原告らの過失は九割程とみるのが相当である。

(抗弁に対する原告らの認否)

抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告ら主張の日時、場所において、本件事故が発生したことは当事者間で争いがなく、同事故によって死亡した亡卓が原告ら夫婦の二男で、本件事故当時満五才の健康な男児であったことは、《証拠省略》によって認められる。

二  原告らは、本件土地は被告が所有し、被告が本件井戸を占有管理している、と主張し、被告はこれを争うので、先ず、この点につき検討する。

《証拠省略》を総合すると、被告は、昭和三七年に本件土地を買収し、その頃、同土地内に灌漑用として本件井戸を掘削し、その北側にポンプ小屋を設置したこと。被告の大野町には字単位で組織する「区」と称しているいわゆる町内会が四〇数区あり、区は、主として被告からの町民に対する広報、連絡等の機能を果している他、随時、区内の用水路、道路等の清掃、整備等も行っているのであるが、本件井戸は、その区の一である本庄区が町村合併で川合村から大野町に編入するに当り、被告がその見返りの条件として保育園の施設等の設置と共に、区内の農家のための灌漑用に加納区内の本件土地に掘削したものであって、その維持、管理については、被告からの危険防止のための管理上の注意、指示に従って、専ら本庄区でこれを行い現在に至っていること、本件土地の登記簿上の所有名義は、昭和三七年以降現在に至るまで被告のままになっていること、以上の事実を認めることができ、右認定の事実を総合して考えると、本件土地とその工作物ともいうべき本件井戸は、被告の所有、管理に属し、本庄区が被告から任されてその維持、管理に当っていたものと考えるを相当とし、この点につき、被告は、これらは本庄区に贈与したものであり、同区の所有、管理にあると主張し、《証拠省略》にも右主張に沿う部分があるが、これらはたやすく措信し得ず、他に右主張を首肯し得るに足る主張、立証もない。

三  そこで、次に本件事故についての被告の責任について検討する。

《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  本件事故は、北側を農道、東側を町道(定松・本庄線)にそれぞれ面し、西には第三者所有の田が、そして南側は厚生産業株式会社の工場敷地が続いている略々長方形に近い土地で、右各道路面との間に高低差のないように整地された本件土地内で発生したものであり、当時、同土地内には雑草が生い茂っていた他、栗の木が何本も植えられていたのであるが、該土地の周囲に塀、柵等の設備は全く設けられておらず、同土地内への出入は自由にできる状態であった。

2  本件土地内の西南部附近に掘削された本件井戸は、厚さおよそ一五センチのコンクリート製枠で作られた円形のもので、その直径(外径)は約二・四メートルあり、その深さも水面まで四メートル以上はあって、幼児等が一旦転落すれば独力では絶対に這い出すことの不可能な規模と状態のものであり、従って、危険防止の目的もあって、当初より、その井戸には鉄板製の蓋がしてあったのであるが、その周囲に柵を設けるとか、危険(井戸の存在)を知らせる標識を立てることはされておらず、また、本件井戸のコンクリート枠は、その南側などで一部が地表より出ているが、特にその東側では、井戸より周囲の地表が約三〇センチ程も高くなっており、このため、前記蓋の東側部分には、崩れ落ちてきた土砂が覆い被った状態になっていて、接近しても必ずしも容易に井戸の存在を認識し得る状態にはなかった。

3  本件井戸にしてあった蓋は、直径が二・三メートルで、鉄材(厚さ三・二ミリ、幅三・二センチの鉄帯板と厚さ三・二ミリ、幅二・五センチの鉄アングル)で骨組みしたものに鉄板(厚さ〇・五ミリの亜鉛引鉄板)を張り、その上に鉄帯板(厚さ三・二ミリ、幅三・二センチ)を使用して右鉄板を挾んだ上、ボルトで固定したものであるが、既に作ってから相当の年数が経過し、全体がかなり錆付き、腐蝕のため大、小の穴がいくつか散見される状態であって、一六キロの砂袋(亡卓の体重に大体同じ。)を蓋の上に載せた場合、実験の結果では腐蝕した鉄板が破れ落下した個所もあり、蓋の強度はかなり低下していた。

以上の事実を認めることができ、右認定の各事実によれば、本件井戸は、一旦転落すれば容易に脱出できず、死に至る危険性の極めて高い工作物であることは明らかであるが、本件井戸の周囲は勿論のこと、公道に面していて、たやすく人の出入りできる本件土地の周囲にも塀、柵等を設置したり、危険(井戸の存在)を知らせる標識も立てず、わずかに設けた蓋も既に耐用年数を経過して腐蝕し、ほとんどその用をなさない状態になっていたばかりか、本件土地内には栗の木が植えられており、幼児等が栗の実を採りに同土地に侵入したり、本件井戸に近寄ったりすることがあるかも知れないことはたやすく予測できたであろうし、一旦侵入すれば、本件井戸のコンクリート枠が一部地中に埋没した状態になっていて、その周囲には雑草も茂っており、栗の実の採集に夢中になっている幼児等にとってその存在に気付かないで蓋の上に乗ることも当然に充分予想できることであったと考えられる。そうとすれば、本件土地およびその工作物たる本件井戸を所有・管理する被告は、本件土地もしくは本件井戸附近に危険を認識し、これを回避し得るだけの能力に欠ける幼児らがいたずらに接近しないよう塀、柵等を設置するなり、少くとも腐蝕した蓋を人の体重を支えるに足る強度を備えたものに取り替えるなり、幼児等がその存在を認識しえて、かつ容易に登れない程度の高さの地表から突出した井戸枠を新たに設けるなどし、本件井戸に転落するなどの事故の発生を未然に防止すべきであったというべきである。しかるに、被告は、その維持、管理を専ら本庄区の住民に委せきりで、前述の如き何らかの事故防止の施策を全くなしておらず、その意味においても、本件井戸には、その設置、保存に瑕疵があったといわねばならず、そして、亡卓がどのようにして本件井戸に転落したかは、これを確認するに足る証拠は存在しないとはいえ、弁論の全趣旨によれば、少くともその転落が右瑕疵に基因するものであることは明らかであるから、被告は、亡卓および原告らが本件事故によって受けた損害を賠償する責任があるというべきである。

四  続いて原告らの過失の有無について判断する。

《証拠省略》を総合すると、原告學は、本件土地に隣接して工場を有する厚生産業株式会社に勤務する会社員で、本件事故の一週間程前に事故現場の西方の現住所に引越してきたばかりのものであるところ、事故当日の朝九時頃、長女ひとみ(八才)と長男淳(七才)を連れて喫茶店に行き、その帰りに本件土地が自己の勤務する前記会社の所有であると考えてこれに立入り、約一時間程栗拾いをしたのであるが、その際、本件土地内に本件井戸の存在することに気付かなかったものの、小屋が存在していて、その内部は暗いが機械類が置いてあり、土間には穴が少し掘れているようであることには気付き、子供が近寄ったり、入ったりするのは危険であると考えたこと、亡卓(満五才)は、原告學らが栗拾いしてきたことを知り、長女、長男らと一緒に自分も本件土地に栗拾いにでかけたのであるが、被告學は、その際、本件土地や栗が他人の所有であることや本件土地内に危険な個所の存在することを知悉しながら、小屋に近寄ったり、入ったりしないよう注意しただけで、子供らだけで栗拾いに行くのを許したこと、以上の事実を認めることができ、これらの事実によると、原告學は、危険を認識し、これを回避する能力が必ずしも充分とは考えられず、また、栗拾いに夢中になっていていつ危険な場所に入り込まないとも限らない幼児に、危険個所の存在することをわかっていながら、あえて本件土地に栗拾いに行くのを許すなど、明らかに亡卓の監護者として本件の如き事故に遭遇することのないよう予めなすべき適切な措置を怠った過失があり、右過失が本件事故発生の一因となっていることは否定できない。従って、本件事故によって原告らが蒙った損害の算定に当っては、右過失を原告側の過失としてこれを斟酌するのが相当である。

五  そこで、次に被告の賠償すべき損害の額について検討する。

1  亡卓の逸失利益

亡卓は、前認定のとおり本件事故当時満五才の健康な男児であったから、本件事故に遭遇しなければ、少くとも平均余命年数は生存し、その間満一八才から満六七才までの四九年間は稼働し、年平均金一五〇万〇七〇〇円(昭和五五年賃金センサスにおける一八才から一九才までの男子労働者の平均年収)を下らない収入を得、生活費として二分の一を費消するものと推認される。従って、亡卓の本件事故死による得べかりし利益の喪失額を新ホフマン式計算方法によって現在額に換算すると、次の算式により、金一三五二万四六八三円となるのであるが、前項で認定の原告側の過失を斟酌して、被告の賠償すべき額をその二・五割に相当とする金三三八万一一七〇円(円未満切捨)とする。

1,500,700(年収)×0.5(生活費控除)×18.0245(ホフマン係数)=13,524,683

そして、原告らは、右損害賠償請求権の各二分の一にあたる金一六九万〇五八五円宛の請求権を相続により取得したことになる。

2  原告らの慰藉料

原告らが二男の亡卓を本件事故によって死亡させて筆舌に尽し難い精神的苦痛を受けたであろうことは弁論の全趣旨によって認められるが、前項認定の過失その他記録に顕われた諸般の事情を考慮すると、原告らの右苦痛を金銭をもって慰藉するには各金一〇〇万円宛をもって相当と考える。

3  葬儀費用

弁論の全趣旨によると、原告學は亡卓の葬儀費用として相当額を出捐したことが認められるが、亡卓の年令、前項認定の過失など斟酌すると、被告に賠償を求め得る本件事故と因果関係のある葬儀費用の損害額は金八万円をもって相当とする。

4  弁護士費用

本件事案の難易、請求額、認容額及び原告側の過失等一切の事情を総合すると、本件事故と因果関係のある損害として被告に負担させるを相当とする弁護士費用は各金二二万円宛をもって相当と認める。

六  以上の次第により、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告學が金二九九万〇五八五円、原告トシヱが金二九一万〇五八五円とこれらに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五六年一〇月五日より支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があることになるので、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋英夫)

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